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           日本アライアンス教団                                      広島市安佐北区可部2-35-3
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                    しかし、赦しはあなたのもとにあり、人はあなたを畏れ敬うのです。 詩編130編 4節
 

ようこそ広島北キリスト教会へ

広島市安佐北区可部にあるプロテスタント教会で日本アライアンス教団に

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場所はマップをご覧下さい。
                           
宮地 聴 作
 

2020.3.8礼拝

「イスラエルの聖なる神 あなたを贖う主はこう言われる。わたしは主、あなたの神

わたしはあなたを教えて力をもたせ あなたを導いて道を行かせる。」 イザヤ48:17



「あなたが御心に留めてくださるとは 人間は何ものなのでしょう。」と詩編8編は語ります。天地を作られた方が、御心にとめて下さる、その一人一人の人間は、到底作り主に対して従順な僕ではありませんでした。

「お前が頑固で、鉄の首筋をもち 青銅の額をもつことを知って」いながらもなお、主は私たちに聞け、と語りかけられます。「まこともなく、恵みの業をすることもないのに 主の名をもって誓いイスラエルの神の名を唱える者」に対して、主は尚も御心にとめ、救い出してくださいます。「裏切りを重ねる者 生まれたときから背く者」としての頑迷な民を、それでも主は導き続けて下さいます。

主は「怒りを抑え」、「耐え」て民を滅ぼさず、銀と呼ばれるにふさわしくない頑迷な者を、銀を精錬するようにして苦しみの炉で試み、練り鍛え上げられます。

「ヤコブの家よ、これを聞け。」「ヤコブよ、わたしに耳を傾けよ。」「わたしのもとに近づいて、聞くがよい。」繰り返し語られるこの主の言葉に、以下に私たちが主に聞くに遅く、頑固で独りよがりな存在であるかを知らされます。そして、主に聞くとき、この祝福の御言葉が語りかけられるのです。「イスラエルの聖なる神 あなたを贖う主はこう言われる。わたしは主、あなたの神 わたしはあなたを教えて力をもたせ あなたを導いて道を行かせる。わたしの戒めに耳を傾けるなら あなたの平和は大河のように 恵みは海の波のようになる。」苦しみの炉もつかの間、困難の岩が裂け、水ほとばしる明日が確かにあります。











 

2020.3.1礼拝

「わたしたちの贖い主、その御名は万軍の主 イスラエルの聖なる神。」 イザヤ47:4



今日の箇所ではバビロンの破滅が描かれています。ここにはバビロンと、カルデア(新バビロニヤ帝国)の傲慢が描かれています。

娘バビロン、娘カルデアとあるのは、都の美しさを表し、おとめという表現は、その都が誰にも侵略されたことがないことを指します。「王座」に就き、「柔らかでぜいたくな娘」「諸国の女王」と呼ばれ、いつしか「快楽に浸り、安んじて座」り、「永遠に女王だ」「わたしのほかにはだれもいない」すなわち「私だけは特別だ」と語り、神様によって、ご自分の民ユダへの怒りのゆえに力を与え支配を委ねられたにもかかわらず、傲慢になって勝手で憐れみのない、限度を超えた行動をして、呪文やまじないを唱えながら神のように振る舞い、平然と悪事を行い、誰にも見られていないから大丈夫と語る、その小賢しい心、その知恵と知識が自分自身を誤らせ、まじないや呪文は役に立たず、占い師からの多すぎる助言も自分を疲れさせ、役にも立たないと主は語られます。

天体にしるしを見たり、星によって占う者、新月によって人の運命を告げる者たちは火に焼き尽くされるわらのようだと語られています。人の知恵や知識やまじないによって運命を悟り、身を処するという考えは現代においても力強い人間の英知の賜物であり、賢い生き方と思う人も多いかもしれませんが、それは人を神と同じくする傲慢であり、神に頼らず、そのような力と知恵に頼る者は炎の力から救い出されずに焼き尽くされるわら、迷い進み、誰によっても救われようのない存在だと語られます。私たちもまた「わたしたちの贖い主、その御名は万軍の主イスラエルの聖なる神。」と告白して生きたく願います。

 

2020.2.9礼拝

「僕の言葉を成就させ 使者の計画を実現させる。エルサレムに向かって、人が住み着く、と言い ユダの町々に向かって、再建される、と言う。わたしは廃虚を再び興す。」                          イザヤ44:26



前章までに、主の僕ユダ、諸国の光として、主を知らない諸国の民の救いの証として建てられた民自身が耳の聞こえない、目の見えない民であったことが繰り返し語られてきました。しかしそれでも主は、「恐れるな、わたしはあなたを贖う。あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。」と、民を呼び続け、贖いをなし、人を代わりとし、火の中水の中から助け出してくださる、共におられるお方との御言葉を味わってまいりました。

その呼び続ける主の声に、どれだけの注意と関心を持って聞き、応答できるのかも疑わしい者たちに語り続けて下さる主のご真実に心打たれます。

今日の箇所でも、無力な神を、役に立たない偶像を作る無力な民の姿が描かれます。まことの神、救いの岩を生き生きと証しする証人が、無力さに満ちた生活を送り、立ち上がることも助けることもできないその偶像が、その無力さの証人だと語られます。

「我々にかたどり、我々に似せて造ろう」「すべてを支配させよう」との神様の大きな祝福と指名を受けながら、神に倣う生き方に召されながら、「人の形に似せ、人間の美しさに似せて」偶像を作り、自らを神として軌道を逸する者たち。しかしそれでもなお神様は「あなたは私の僕」と語り続けられます。「僕の言葉を成就させ 使者の計画を実現させ」廃墟を再び興して再建してくださる神様に望みと期待をおき、教会の行く末をも導き、興し、建て上げて下さるお方に信頼して神様のヴィジョンを賜りたく祈り進みましょう。